昔話⑨
今日で彼女との勉強は終わりになる。
たった1ヶ月という短い時間だったが、彼女の計算能力はかなり上がってきた。
副担任である数学の先生が求めるところまで十分に…とはいえないものの、ある程度はクリアーしたと思う。そこで、今日は前日までの復習をして、あとは雑談で過ごすことにした。
彼女はこの一ヶ月で随分、私にも慣れてくれた。
おかげで互いにいろんなことを話せるようになった。
「実は今、先生(熱血先生)の誕生日に間に合うように、毛糸で小さい人形を作っているんです。先生、もらってくれるかな?」
顔を赤らめながら彼女はそう話してくれた。
彼女は熱血先生が大好きみたいだ。
この日、彼女は実によく笑った。
彼女としても、この1ヶ月はそれなりの充実感があったのだろう。
そして、終わりの時間が近づいた頃、私は少し真面目な顔をして
「何とか高2になって、北海道に行って、思いっきり楽しい思い出を作っておいでね」と伝えた。
「それから、これは一ヶ月よく「頑張ったで賞」ということで、僕からのプレゼント。よかったら読んでみて」と、『だから、あなたも生きぬいて』(大平光代著)という本を手渡した。
最後に、彼女は頭をちょこんと下げて
「楽しかったです。ありがとうございました」
そう言って帰っていった。
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2学期が始まってからのある日、熱血先生が塾に訪ねて来てくれた。
「本当にありがとうございました。これはほんのお礼ですので受け取って下さい」
おそらく自分のポケットマネーで買ったであろうと思われる缶ビール1ケースを私に差し出した。
「とんでもない!こっちこそありがとうだよ。だから、それはあなたと副担任の先生で乾杯しなさいよ」
「いやいや、これは網重さんに納めてもらわないと…」とすったもんだしたが、結局私が折れて受け取るはめに。
その後、副担任が彼女の計算力アップに驚いていたという話や、今のところ彼女は元気に登校していることを聞き、できれば今後も彼女の様子を伝えて欲しいと彼に頼んだ。
数ヵ月後、紆余曲折があったものの、最終的には彼女の頑張りと二人の先生の尽力で、彼女は高2に進級できたと聞いた。
熱血先生は持ち上がりではなく、新しく高3を担任するようになったらしく、彼女のことが気になるものの、表立って関わることができない、その時間がないとのことで、彼女の様子はわからなくなってしまった。
(続く…次が最後です)
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