昔話その④
一枚の「百マス計算」には、3+5や2+4などの一桁の足し算が100問ある。仮に、一問3秒かかったとしても300秒、
まあ5分もあれば終わるかな?と思っていた。
ところが、彼女は100問終わるのに10分以上かかった。
いくら初めてやった「百マス計算」とはいえ、何か違和感があった。
彼女の計算を見ていて、気づいたことは2つ。
1つ目は、彼女は字をゆっくり大きく書くということ。
もしかしたら、初めて私の前で字を書くのだから、きれいに書きたいと思ったのかもしれない。
さらに、ゆっくりでいいから間違えないようにやってね、と私が指示したからなのかもしれない。
でも、実は数字を書くことに慣れていないのでは?という気もした。
2つ目は、繰り上がりが起こる計算(例えば6+7とか9+3とか)に対しては、特に時間がかかるということ。もしかしたら・・・と思って聞いてみた。
「8+5の計算は、どう考えて答えをもとめてる?」
「・・・8から、9、10、11、12、13って・・・」
やはり・・・。
彼女は100問の足し算を全部とは言わないものの、「数えて」いた。
おそらく和が5、6くらいまでのものは数えていないだろう。
でも7、8、それ以上のものについては数えている。それはそれで構わないのだけれど、時間がかかる。
いつから彼女はこんな足し算をするようになったのだろう。
誰が彼女にこんな足し算をさせるようにしたのだろう。
いくら不登校気味だったとはいえ、小・中学校の先生たちは、彼女の親はそれに気づけなかったのか。気づいても知らないふりをしていたのか。そう思うと、何ともやりきれない気持ちになった。
「小学校に行かなくなったのはいつ頃かな?」
「4年生くらいから時々休むようになって・・・」
「そっか。小学校の算数はどうだった?あまり好きじゃなかった?」
「・・・はい。・・・3年のときに先生に『わかりません』と言ったら、『もっとよく考えなさい』って言われて・・・。それから嫌になって・・・」
・・・・あいたたたた。胸が…。
足し算がこの様子では、引き算、掛け算、割り算、どれをとってもつらいのは当然だろうし、高校で理科や数学がある日の朝に、頭やお腹が痛くなるのもわかる気がした。
とはいえ、夏休みの間で、自然数(それもあまり大きくない数字)を使っての四則計算はマスターしてもらわないといけない。そうでないと、彼女が北海道に行けない。
私は、用意していたタイルを使って足し算を「見せる」ことにした。一桁同士の足し算には下手な「理屈」よりも、数量感覚が大事だと思っている。
5の束、10の束を意識してもらって、一桁の足し算を一つ一つ、0+0から9+9まで、話しながらゆっくり「見せて」いった。
それから、あといくつで10になるかという補数を求めるゲームのようなこともしてみた。
「3! あといくつで10になる?」
やはり時間がかかる。そこで、自分の両手の指をひろげてもらった。その彼女の指を3本折り曲げて「ほら、あと何本指を折ったら10になる?指を数えるんじゃなく、見てわかるようにね」と注意しながら、
「6!あといくつで10になる?」
「4!あといくつで10?」
と繰り返し、繰り返し、繰り返し練習した。彼女も一所懸命に自分の指を折りながら答える。その姿に心が震えた。
私は、毎晩のように彼女と同じ年頃の高校生相手に数学の授業をしている。大学入試を目指して、方程式や不等式、関数、図形、さまざまな問題に取り組む。
残念だけど、彼らの姿からは彼女ほどの真剣さは感じないかもしれない…そう思いながら、彼女を見ていた。
午後12時を少し過ぎた。
宿題として百マス計算(一桁同士の足し算)のプリントを4枚渡しながら「初めはゆっくりでいいから、頭の中でタイルを想像しながらやってみてね。それから暇があったら、『あといくつで10?』って一人でやってみて」 そう伝えて、初日の授業は終了した。
あと1ヶ月・・・。あと一ヶ月・・・・・。
(続く)
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