昔話その②
【夏が来れば思い出す②】
とにかく、今ここでどんなに憤っても彼女の過去と今は変わらない。
彼女の担任と副担任を前にして、結局彼女はどうしたいと思っているのか、そして私に何ができるのか、を尋ねた。
「うちの高校は、高2の春に北海道への修学旅行があるんですけど、今、彼女が学校に籍を置いているのはそのためだと思います。個人的に話をするときは、いつもその話になりますから・・・。
正直なところ、今のままでは卒業とか、就職とか、そんなところまで考えている余裕はありません。でも、何とか高2に進級させ、北海道に連れていってやりたいと思うんです」
熱血先生は、何度も彼女の家に家庭訪問して、その家庭環境の凄惨さをよく知っていた。だからこそ、今の彼女にとって楽しいこと、生きてて良かったと思えるようなことを高校の思い出にしてやりたい、と目を潤ませながら語ってくれた。
そのためには、出席日数が足りていること、そして単位が与えられるほどの成績を残すことが必要だと。
英語、国語、社会の3科目については何とかなる見通しがあると熱血先生は言った。この3教科については彼女も勉強することがそんなに嫌ではないようで、自分が放課後に時間を見つけて個人的に指導もできるから、とのことだった。
ところが、理科、数学の2科目はテストどころか、今の彼女にとっては授業を受けることさえ、つらいような状況(中学でほとんど授業を受けていないので無理もない)で、最近は、この2科目の授業がある日は学校を休んでしまうことも多いらしい。
このままでは出席日数が足りなくなる可能性もある。この際、理科は捨てて副担任の担当科目でもある数学を何とかすれば、学校にも来てくれるだろうし、進級できるかもしれないということらしい。
副担任の先生も放課後に個人指導で、いろいろと努力されていたみたいだった。ただ彼女の数学に対する学力不振は深刻で、それでは到底追いつかない状態だという。何しろ、中学の数学どころか、もしかすると小学校の計算すら怪しいらしい。だから、夏休みの間に、せめて小学校の四則計算(加減乗除)ができるようになれば、あとは高校で何とかするということだった。
それで単位が出せるようになるのか?と尋ねたら、「内情をお話しますと、うちの高校は全体的に生徒の学力はものすごく低いです。正直なところ、高1の今の時期で、とても高校の数学を一斉授業ですることは難しい。ですから、今は中学内容の復習を各自プリントで学習して、それを個別に見て回っているような授業なんです。ですから、せめて中学1、2年生レベルの、それも整数だけを使った式の計算や方程式くらいができるようになれば単位は出せます・・・というか、出します」と副担任の先生が答えてくれた。
熱血先生からも「学校ではいろいろしがらみがあって、できないことが多いんです。先生、何とかあの子に計算を教えてやってくれませんか?先生しか頼める人がいないんです」と言われた。
うちは幸いにも(?)、いわゆる講習をしない塾だから、午前中なら時間はとれる。
夏休み中に「四則計算ができるように」ということを目標に、毎日彼女と一緒に勉強する。そして、2学期からは担任、副担任が一緒になって彼女の勉強をフォローする。単位が取れて2年に進級すれば、彼女は北海道への修学旅行に行ける。それらを2人の先生に再確認した。
算数、それも四則計算なんて教えた経験はほとんどないけども、2人の熱血先生の「彼女を北海道に行かせてやりたい」という気持ちにうたれて、私は彼女に会わせてもらうことにした。
(続く)
0コメント